tanakatosihide’s blog

一般社団法人officeドーナツトーク代表、田中俊英のもう一つのブログです。時々短編小説も掲載します✌️

オデッセイ (短編小説Ⅲ)

 

母のアキラと違って走るのが苦手だったカナタだが、50メートル走のスタートは好きだった。体育の先生は火薬臭い鉄砲を耳にくっつけて持ち上げ、片目を閉じていつも引き金をひいた。

カナタは両方の手と指を地面につけ、左足を前に、右足を後ろにして構えた。音楽も聴いていないのに、周辺はイヤホンで音が閉ざされたような空間になり、カナタは目を瞑りそうになる。

先生の指の先まで想像できる、その1秒の間に、その折れ曲がり力の入った指が動き、人差し指の腹に汗がにじみ、すべりおちそうな感じで引き金を押すその1秒をカナタは全身で受け止めた。

不思議なことにその指の感触と連動するように、足から腰にかけてエネルギーがみなぎりはじめる。両腕の筋肉にも何かが流れ始めるように感じる。ピストルの音と右足が前に出るのには自分だけがわかるズレはあるものの、その、パーンという音の軽さがカナタは好きだった。

あとは走るだけだが、本当に音がイヤホンから聞こえてくるような閉ざされた爆音だった。50メートルは直線なので、爆音は地面からと、目の前の空気から届いた。カナタ自身の呼吸音も爆音だったが、それは記憶に残らない。靴の音も爆音だが、それよりも上空で漂うトンビの翼の音のほうが耳に入ってくるような気がした。

走ってゴールし、少し地面にしゃがみ込み、クラスのみんなが座っている中に入り込むのだが、あの頃から5年たって思い出す今、走り、しゃがみ、息を整える間、わたしは誰かのことを思っていた。

それはたぶん友だちだったと思うが、今になってみると誰のことを思い出していのかはわからない。たぶん、体育座りしているクラスメートの中の誰かだった。その頃はいつもそうした人物たちの映像が紛れ込んでくることが多く、それらがカナタの世界の80%を占めていた。

5年前の私は50メートル走り、手を腰にあて、息を整えている。いまの私は、大学の大教室でぼんやりと講義を聞いている。そのふたつの光景をつなぐものは、

息、

かもしれない。1回の息は1秒もかからない。

 ※※※

私はこの夏、パリに行ってきた。そこに到達するまでの飛行機は、いま考えると50メートル走の超ロングバージョンだった。たしか12時間くらい飛行機に乗っていた。座席の目の前にある画面には、ずっとシベリアの景色が映し出されていた。隣に座っていた中学生のような男子は目を瞑ってイヤホンで音楽を聞いていた。

バイカル湖が見えた。たぶん、あのかたちはバイカル湖だと思う。カナタは、自分がバイカル湖に浮かぶことをイメージした。そのイメージはまたもや膨らんでいき、BGMがかかり始めた。それはスミスのミート・イズ・マーダーで、バイカル湖とミート・イズ・マーダーのあまりにもイメージの直結ぶりに、カナタはくすっと笑った。

いま思い出すと不思議なのだが、そのバイカル湖が8時間くらい見えていたような錯覚を抱いた。ということは、スミスのミート・イズ・マーダーも8時間リピートされていたということで、それは悪夢だった。隣の中学生はずっと目を閉じてイヤホンで音楽を聴いていた。

だからカナタは、そのバリへの飛行機が、長い長い50メートル走のように感じられたのだった。飛行機の音は大きい。映像はずっとバイカル湖。スミスとモリッシージョニー・マーはいつもの感じ。それがエンドレスで8時間続いた。

そんな時、母のアキラと違って、カナタはいつも湖に浮いていた。浮いているので、湖底に映像は移行せず、湖底の底に穴も空かず、もちろん空いた穴から次の世界にはつながらず、ということは、新しい言葉を見つけることができなかった。

そのかわりカナタは湖面にいつも浮き、青空や雨雲を見つめた。そこには暗くて太くて不気味な表象はなかったものの、トンビや雲やその背景の青い空や宇宙のような気配を感じることができた。

成層圏と宇宙の隙間をいつもカナタは想像し、目を閉じ湖に浮かんだ。成層圏では音があるようでなく、膨大な光の線が飛び散っており、湖に浮かぶカナタは危険な感じがした。たいへん短いギリシャ神話みたいなものがそこにあると、カナタはいつも思い込むことにしていた。

 ※※※

そんなことを、中学の時に父に言ってみた。父に言っても仕方ないのだけど、母のアキラにはなぜか言いにくかった。父は、

成層圏か、ふーむ」

と、シャーロック・ホームズのように顎に手をやってオウム返しをした。その姿を見るだけでカナタは笑ってしまい、いつものように始まる父のウンチクを適当に聞き流しながら、私はこんなお父さんが好きなんだと自覚した。

お父さんは、私が宇宙の話をするといつもしてしまうキューブリックの映画の冒頭シーンをまたもや延々と話し始めていた。お父さんとしゃべるということはそういうことだから、カナタもすっかりそのペースを楽しみ、冒頭の原始人の咆哮の意味についてお父さんが次に何を言うのかもわかった。ヨハン・シュトラウスだ。

美しく青きドナウに場面がいきなり変わって」

と父は語り、原始人が投げた骨とボーマン船長が乗る宇宙船の対比に浸る父は、まあ悪くないとカナタは思った。その、骨から宇宙船に変化する時間は、たぶん1秒もないのだと思う。それは息より短い。

骨がぐるぐるまわってカナタが見つめる湖面の上を遠く螺旋を描き、背景の雲は遠ざかり青空がだんだん白っぽくなって成層圏に近づくその瞬間、音楽がシュトラウスに変わる。映画の時間ではそれはトータル5秒ほどで、骨から宇宙船に変わるその瞬間は1秒を切っている。人間の呼吸で言うと、吐くのを止めるあの一瞬のような感じだ。

バイカル湖の湖面から戻ってきたその時のカナタは、思い出の中の中2ではなく、お父さんの語りもそこにはなく、大学の大教室の隅っこに座る一人の女性だった。

カナタは先輩のことを思い出してはいたが、彼も含む大きな雲に包まれている感じがした。私は14才の頃よりは少しはマシになっている。

そこでカナタは授業の途中だが席を立ち、教室を出た。そこから生協まで走る気満々になったが、やはり彼女はランナーキャラではなく、浮き輪キャラだった。浮き輪を抱えて湖に浮かび、先輩や父の話を聞いていたかった。父が指差すトンビを見て、そのBGMにミート・イズ・マーダーではなく、スミスの心に茨を持つ少年を聴いていたかった。

深く湖の底の穴に潜るのではなく、湖面に浮かんで青空を見上げるキャラ、その青空に話しかける女にカナタはなりたかった。

 ※※※

そういえばこの夏休みの旅行でパリのド・ゴール空港に飛行機が着地した時、隣の男子中学生がいきなりビニール袋に嘔吐したのだった。

12時間トイレにもいかず、音楽を聞き続けたそれは現実からの痛い贈与なのかもしれなかった。見知らぬ少年の背中をカナタはさすり、周辺の客や乗務員とともに少年を介抱した。少年は申し訳無さそうに何度も謝っていたが、カナタの気分は爽快だった。

すべては秒速で過ぎていく感じがして、長時間のバイカル湖の湖面も、やがて目にするエッフェル塔の夜間照明も、成層圏と宇宙をつなぐ神秘的な誘いも、カナタにとっては結局は1秒程度に感じられるのだった。

やっぱり私は、と彼女はパリに移動する電車の中でつぶやいた。やっぱり私は、

「湖面キャラでいいかな」

だが、パリまでの郊外列車の車内は微妙に緊張感がただよっており、残念ながらクスッと笑うことはできずに、小さな旅行カバンをカナタは抱きしめ、トランクを両膝で挟んでいた。