tanakatosihide’s blog

一般社団法人officeドーナツトーク代表、田中俊英のもう一つのブログです✌️

ふたりは、こころの湖で手をつないで ③午前3時の、星と吊橋

翌朝、ヒカリと先輩は旅館の幽霊の手から無事逃れ、JRに乗り、上野、品川、横浜と来て、伊豆へと到達した。

チェックインは16:00頃、伊豆なのに夕食にはやはりトンカツが出てきて、けれどもふたりはそれを不思議に思わず淡々と食べた。

そのあと、それぞれ風呂に入り、それぞれの部屋でのんびりしたあと、先輩の部屋に集まった。

ヒカリも先輩も、その宿の近くに、2時間ドラマなどによく出てくる崖と橋があることはよく知っていた。けれども、ふたりは、その橋に行くかどうかはまだ決めていなかった。そしてふたりは、そんな崖と橋にはあまり興味はなかった。

テレビを流しながら、ふたりはぐずぐずしていた。このままでは、それぞれの部屋に戻って寝るしかなかった。ヒカリも先輩も、今夜はそれでもいいかと思っていた。

時間はすでに夜の9時を過ぎていて、テレビからは変な映画が流れてきた。

それは、地球からはるか遠い惑星にたどりついた宇宙船と船長の映画だった。

ヒカリには、その惑星の奇妙な映像が印象的だった。映画好きの先輩はその映画のことはよく知っていたけれども見るのは初めてだった。ふたりは同時に、

「変な星」

と言った。

モノクロではないのだが、シンプルな色がうごめくその惑星は木星のような鮮やかさはない。けれどもふたりには、星がしゃべっているように見えた。

その星の表面は、木星のような巨大なガスの帯でもなく、かといって月のようなガチガチしたものでもなく、あえていえば、木星の蠢きに月の表面の色が乗ったような感触だった。

ヒカリは、そのモノクロの蠢きを見ながら、

「星がしゃべっているみたい」

と繰り返し言った。先輩は、

「しゃべるというよりは、何かを僕にこの星は手渡したいようだ」

とつぶやいた。ヒカリはそれを聞いて、確かに星自身が私たちに何かを渡そうとしているみたいと感じた。

「星には手はないのに」とヒカリは漏らし、「何を私たちに渡そうとしてるんだろ」と続けた。

 **

その映画を見たあと、自然とふたりは旅館の近くの吊橋を見に行こうということになった。

ゆかたを着替え、ふたりは静かに玄関で靴をはき、旅館の外に出た。

今夜も大きい月がふたりを照らした。月の光は暗いようで明るく、吊橋に向かう小道をスポットで照らしているようだった。

途中、松の木の影が何本もふたりを覆った。松の木は不気味で、それら低い松たちもふたりに語りかけているようにヒカリは感じた。

そのように先輩に言ってみると、

「松はどちらかという無口なんだよ」と真面目に答えた。

それを聞いて、松を不気味に感じて申し訳ないとヒカリは思った。そう、無口な植物もたくさんいるのだ。

そこは地図には「海岸」と表記されていたが、実際に行ってみると、絶壁の崖だった。

確かに、2時間ドラマで何度も見た光景ではあったが、足元から届く恐ろしい波音は、ふたりを縮み上がらせた。

ヒカリは先輩の手を握り、先輩も強く握り返した。

はるか下の足元は湖ではなく岸壁と海だったので、絶えず大きな波の音がふたりを襲った。

そこは観光地なので、そうした足元の波しぶきを、何本ものスポットライトが照らした。

強くお互いの手を握ったふたりは、そのライトに照らし出された波を観察し続けた。吊橋は常時揺れたが怖くはなかった。それよりも、さっき旅館で見た遠い星の表面に足元の海は似ているとふたりは思った。

「あの海に」とヒカリは言った。「私たちの考えは読まれているのかしら」

「読まれそうだ」と先輩は返した。「読まれるというか、吸収されそう」

おそらく午前3時前だというのに、波音はふたりの身体をさらっていくほど低く荒かった。そこにライトが照らされ、昼間であれば白く見えるはずの波が何かを語っているようだった。

その時先輩は、

「聞こえた?」

とつぶやいた。

「はい」とヒカリは答えた。

ふたりには、はるか下の足元の波が何かを語りかけたように感じたのだった。

「波がしゃべるというよりは、何かを僕らに手渡したいんだろうか」と先輩。

ヒカリは、さっき旅館で見た惑星の映画を思い出した。

惑星は、いつもわたしたちに何かをしゃべりかけ、何かを手渡そうとしている。それはいったいなんなんだろう。

 **

ヒカリは声に出していないはずだった。けれども先輩はこんなことを言った。

「星が僕らに手渡したいモノはわからないけど」先輩は静かにつづけた。

「君と出会えてよかったよ」

その言葉を聞いて、ヒカリはなぜか一瞬にして80才のおばあちゃんになっていた。

80才のヒカリは、自分が18才の頃、センパイと呼ぶ男と伊豆の午前3時の海岸で語りあったことを思い出していたのだった。

「わたしがおばあちゃんになった時も」とヒカリは言った。明確な自分の80才のイメージが彼女にはあった。「いまの先輩のその言葉を覚えているかもしれない」

そのあと、先輩は、吊橋の上で、ヒカリを抱きしめた。

その時、足元の波と、その波を抱合する海と惑星は再び何かをふたりに語りかけたようだった。

「波はしゃべっているようだけれどもその意味がわからない」と先輩は小さく漏らした。彼は、ヒカリが自分の腕の中に収まっていることに満足していた。その満足感は、生まれてきて初めて感じるものだた。

ヒカリは、足元の波音を聞きながらこう答えた。

「星冥利に尽きる、らしいですよ」

先輩はヒカリを離し、スポットライトの中で彼女を見た。そして、

「星冥利ってなんだろう?」と笑った。

当然、ヒカリも笑い、真夜中の岸壁をあとにした。