tanakatosihide’s blog

一般社団法人officeドーナツトーク代表、田中俊英のブログです。8年間Yahoo!ニュース個人で連載したものから「サルベージ」した記事も含まれます😀

おかあさん、目標は「95 才」ですよ!~ひきこもり高齢化とは「支援」ではなく「親の長寿」

タイトル: おかあさん、目標は「95 才」ですよ!~ひきこもり高齢化とは「支援」ではなく「親の長寿」

公開日時: 2016-03-01 19:13:52
概要文: 僕はそれでいいと思う。何よりも、70 代半ばの母親たちとの面談はミョーに楽しい。 これこそ、「ハピネス」を純粋に探求する領域であり、僕が最も得意とする「哲学」の領域だからだ。
本文:

 

■90 才ではなく 95 才

あれからそんなに目新しいことを発見したわけではないが、100 万アクセスのダブルスコアとなったこの記事 (http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakatoshihide/20150627-00047020/ おかあさん、90 才まで生き ましょう!!~思春期は 40 才で終わる)から半年がたち、ここで書いたことを日々面談支援で実践して好感触を 得ているこの頃、あらためてこのテーゼの肯定性について確信を持ち始めた。


新しい知見をしいて書くとすれば、前回「90 才」とした母の生命の目標年齢はやや甘く、95 才程度が現実的の ようだ。


つまり、30 才手前で出産した人のほうが現在の 60 代にはやはり多いようで(あるいは高齢ひきこもりをもつ 親には多い)、子どもが 65 才(年金支給年齢)になる時に母が 90 才ということは 25 才出産ということなので、 そうした早めの出産はなかなかいないということだ。


だから、この頃の僕は高齢ひきこもりをもつ保護者(主として母)面談において、95 才(まで生きてほしい)設 定で語っている。


こんなことを書くと、ひきこもり高齢化の問題に直接関係ない人たちはとたんに暗くなる。

 

が、当事者の親御さんは、実はかなり明るくなる。僕が 90 才や 95 才という親の人生の目標年齢を語り、親が 後期高齢者になった時は、子どもが 65 才の年金支給年齢までいかに親がサバイブするかが第一目標になると語 った時は、実はかなり盛り上がる。


もっと言うと、親が 75 才になった頃は、子どもの「自立」は第一目標ではなくなり、第一目標は、子どもが年 金支給年齢の 65 才になるまでどちらかの親がとにかく「生きる」ことだと語ると、目の前の 75 才あたりのお 母さんたちの目が爛々としてくる(残念ながら父は母より早く亡くなる)。


宮崎駿の「もののけ姫」ではないが、とにかく


「生きろ!!」

 

と言うと、高齢ひきこもりの(母)親たちは元気になるみたいなのだ。

 

■当然、生きてやる


現実は、「高齢化ひきこもり」の子の年金支給年齢は上がり、年金額も減るだろう。

ちなみに僕は、この頃は親御さんたちに「これから年金財政が厳しくなっていくと、額の減少か、支給年齢のア ップか、どちらが先に行なわれると思います?」と講演では聞くようにしている。


親御さんの大半は、希望的予測もあるだろうが、支給年齢よりは支給額の減少を予想する。支給額のダウンのほ うが、支給年齢の先送りよりは、国民の反発を呼ばないだろうと親御さんたちは予測している。

 

ここで言う「親御さん」たちとは当然「後期高齢者」突入前後(75 才あたり)の人々を指し、この年齢の人たち の希望は、「年金財政の厳しさはわかるものの、支給年齢の先送り(65 才よりさらに上)よりは額の減少に対応 できる」と思っているということだ。


言い換えると、「(子が 65 才になり自分が)95 才になるあたりであれば、当然生きてやる」という、親御さんた ちの気概を意味している。


■「ハピネス」

となると、意外なことに、「ひきこもり高齢化」問題は一挙にポジティブなものになる。


つまりは、高齢化する子どもたちが「いかに自立するか」は、どうでもいいことになってしまうということだ。

子が 40 才頃までは、本人も親も支援者も焦っていた「自立」の問題が、子と親が「高齢化」していくとどうで もよくなってくる。


本人が 40 才をすぎ、親が 70 才半ば頃になると、両者の目標が「自立」ではなく「生命の充実」になるため、 職業や自立等がどうでもいいものになってしまうのだ。


それよりも、日々の「ハピネス」が重要になる。 毎日どう楽しく生きるか、どう「そこそこ満足して」死ぬか。


それらを考えた時、そうした「最後のハピネス」を条件づけしてくれる基準がやはり「オカネ」なだけに、カネ の現実的表象である「年金」に関係者の関心は集中する(今回は触れていないが、現実は生活保護費の拡充とい う議論にも向かうだろうが)。


僕はそれでいいと思う。何よりも、75 才あたりの保護者との面談、具体的には 70 代半ばの母親たちとの面談 はミョーに楽しい。 これこそ、「ハピネス」を純粋に探求する領域であり、僕が最も得意とする「哲学」の領域だからだ。★