tanakatosihide’s blog

一般社団法人officeドーナツトーク代表、田中俊英のもう一つのブログです。時々短編小説も掲載します✌️

若者支援には「複合的専門性Complex expertise」が必要〜サポステの刷新か、新しい社会資源を

■最初の頃のサポステは魅力的だった

 

いまから10年以上前、できたばかりの地域若者サポートステーションは魅力的な社会資源だった。

 

そのサービスは、僕が代表を努めていた「ひきこもり支援NPO」のサービス内容とも重なり、ゆっくりと丁寧に若者たちに寄り添い支援してくれるそのあり方は、我々「アウトリーチひきこもり支援NPO(長いひきこもり生活から抜け若者がまずやってくる場所)」の次のステップとして十分機能していた。

 

次のステップとは、なんとか外出できるようになった若者(発達障害精神障害ももつ)が安心して通え、時間をかけてスタッフ(若者にとっては最も苦手な「他人」代表でもある)と交流し、「社会参加」のイメージをゆっくりと形成していく場、だ。

 

■一生の付き合い

 

時間をかけて人と交流するなかで、発達障害支援や精神障害支援の始まりが現れる。

 

発達障害支援が必要だと判断された場合、いきなり医療機関を訪ねるのではなく、「示唆 サジェッション」の段階が必要である。

 

それは簡単ではなく、まずは親へのゆるやかな説明の段階があるが、ここで多くの親は衝撃を受け、嘆く(泣く)。その感情を共感的カウンセリングを行なう中で受け止め、ゆっくりと受容していただく。

 

そのなかで、親自身の発達凸凹に気づくときも多い。その後、子どもへの時間をかけたサジェッションがつづき、ようやく発達障害支援センター等の専門機関への紹介となる。このサジェッションの期間は半年かかることも普通だ。

 

また精神障害についても、慎重に見極め、寄り添ったあと、心療内科に紹介していく(精神障害の場合はすでに医療機関につながっている当事者も多い)。

 

統合失調症の見極めと医療機関への誘導には数年かかることも珍しくはない。双極性感情障害についても、その当人にとっての深刻さ(しんどさ・苦しさ)について親に理解してもらうことも時間がかかる。単なる鬱との違いについても説明が難しい。

 

PTSD支援では、数年単位の寄り添いが必要であり、理解ある専門医との出会いが不可欠になる。BPD(境界性人格障害)は発達障害と重なることが多いが、長く地道に支えてくれる支援者(これはNPOスタッフに適任)との出会いも不可欠になる。

 

虐待サバイバーの場合は、発達障害愛着障害精神障害と知的障害と境界性人格障害等が複雑に絡み合っていることが多い。これらの結果、「人を信じることができない」当事者たちに対して、時間をかけて心を許してもらう。

 

僕はそうした若者の何人かは、一生の付き合いだと思っていつもその若者たちのことをひっそり思っている(かといってディープな支援は行なわない。「ずっと田中さんが見守ってくれている」と本人たちが思うのが重要)。

 

そんなつきあいが、生活保護とは別の意味で、結局「最後のセーフティネット」になっていく(そういえば貧困支援にふれるのを忘れていた。生活保護へとつなげる場合、僕のような熟年男性支援者が付き添っていくと、受付窓口が優しくなる傾向がある)。

 

■他人への信頼は、反復と、成功体験と、プチ失敗体験などから

 

「田中さん」だけではなく、「ドーナツトークのスタッフ」あるいは「ドーナツのまわりの優しい専門家の先生たち」というふうに、当事者にとって支援者の輪が広がってくれたら嬉しい。フロイトではないが「終わりなき」支援を行なう際は、皮肉なことに、これを検討したフロイトのように一人で行なうほうが危険だ。

 

アウトリーチの段階は上のような「障害の示唆」は一部であり、そのメインは「他人との信頼関係の復活」でもある。

 

それを、カウンセラーとの柔らかい会話や、NPO内での緩やかだが緻密に計画されたイベント(調理等)のなかで、「プチトラブル」も体験していく中で獲得する。

 

他人への信頼は、時間をかけた反復と、そのなかでの成功体験と、またプチ失敗体験などが複合的に重なって形成される。そうした体験を通じて「障害の受容」もなされていく。

 

■「就労」は社会参加の一部

 

次のステップに「社会参加」があり、「就労」はその体験の一部に過ぎない。

 

ほかに、「一人暮らし(親との別居)」や「恋愛」などがある(8050問題になると「親の看取り」が入る)。「働くこと」は、いくつかの社会参加のひとつに過ぎないし、働くことは普通はそれほど長くは続かず試行錯誤の反復となる。

 

就労も、スモールステップを踏む(短期バイトや単純労働から始まり、より複雑な仕事へとステップアップする)。また障害がある場合は、障害者枠の中での就労を目指す。その場合は専門の福祉機関へとつないでいく。そのなかで、障害者手帳の取得をアドバイスしていく。

 

人によっては、障害年金のゲットを親や本人と話し合う場合も多い。それら、手帳や年金の具体的手続きになると、これまで培ったネットワークが役に立ち、福祉の専門家のみなさんが大いに助けてくれる。

 

■サポステの位置づけの再考か、複合的専門性にふさわしい新しい社会資源の創設を

 

このように、「若者支援」といってもそこには様々な問題が横たわり、それらが複雑に絡み合う。まさに、「複合的 Complex」に問題は重なっている。

 

その複合性にはそれぞれの問題に関する専門性 expertiseが不可欠である。

 

たとえば現在のサポステが想定しているような「普通の就労支援」だけではむしろ危険だ。

 

そして、そうした「複合的専門性Complex expertise」にはカネがかかる。現在のサポステの入札で行なわれている「安売り合戦」ではサービスが劣化し事故も起こるだろう。

 

あるいは、そのあたりを鋭く読む多くの当事者若者が現在行なっているように、サポステの支援を受け続けることを当事者たちが諦める。その結果、問題が隠蔽され潜在化される(サバルタン化)。

 

フリーター予備軍だけでも10万人は存在するので、サポステと厚労省としては表面的にはそれなりの「結果」は出る。

 

だが、以上書いたように、現代の「若者支援」とは、すこぶる専門的だ。

 

それは、「複合的専門性Complex expertise」と言ってもいいと思う。サポステの位置づけの再考か、複合的専門性にふさわしい新しい社会資源の創設を願う。

 

オデッセイ (短編小説Ⅲ)

 

母のアキラと違って走るのが苦手だったカナタだが、50メートル走のスタートは好きだった。体育の先生は火薬臭い鉄砲を耳にくっつけて持ち上げ、片目を閉じていつも引き金をひいた。

カナタは両方の手と指を地面につけ、左足を前に、右足を後ろにして構えた。音楽も聴いていないのに、周辺はイヤホンで音が閉ざされたような空間になり、カナタは目を瞑りそうになる。

先生の指の先まで想像できる、その1秒の間に、その折れ曲がり力の入った指が動き、人差し指の腹に汗がにじみ、すべりおちそうな感じで引き金を押すその1秒をカナタは全身で受け止めた。

不思議なことにその指の感触と連動するように、足から腰にかけてエネルギーがみなぎりはじめる。両腕の筋肉にも何かが流れ始めるように感じる。ピストルの音と右足が前に出るのには自分だけがわかるズレはあるものの、その、パーンという音の軽さがカナタは好きだった。

あとは走るだけだが、本当に音がイヤホンから聞こえてくるような閉ざされた爆音だった。50メートルは直線なので、爆音は地面からと、目の前の空気から届いた。カナタ自身の呼吸音も爆音だったが、それは記憶に残らない。靴の音も爆音だが、それよりも上空で漂うトンビの翼の音のほうが耳に入ってくるような気がした。

走ってゴールし、少し地面にしゃがみ込み、クラスのみんなが座っている中に入り込むのだが、あの頃から5年たって思い出す今、走り、しゃがみ、息を整える間、わたしは誰かのことを思っていた。

それはたぶん友だちだったと思うが、今になってみると誰のことを思い出していのかはわからない。たぶん、体育座りしているクラスメートの中の誰かだった。その頃はいつもそうした人物たちの映像が紛れ込んでくることが多く、それらがカナタの世界の80%を占めていた。

5年前の私は50メートル走り、手を腰にあて、息を整えている。いまの私は、大学の大教室でぼんやりと講義を聞いている。そのふたつの光景をつなぐものは、

息、

かもしれない。1回の息は1秒もかからない。

 ※※※

私はこの夏、パリに行ってきた。そこに到達するまでの飛行機は、いま考えると50メートル走の超ロングバージョンだった。たしか12時間くらい飛行機に乗っていた。座席の目の前にある画面には、ずっとシベリアの景色が映し出されていた。隣に座っていた中学生のような男子は目を瞑ってイヤホンで音楽を聞いていた。

バイカル湖が見えた。たぶん、あのかたちはバイカル湖だと思う。カナタは、自分がバイカル湖に浮かぶことをイメージした。そのイメージはまたもや膨らんでいき、BGMがかかり始めた。それはスミスのミート・イズ・マーダーで、バイカル湖とミート・イズ・マーダーのあまりにもイメージの直結ぶりに、カナタはくすっと笑った。

いま思い出すと不思議なのだが、そのバイカル湖が8時間くらい見えていたような錯覚を抱いた。ということは、スミスのミート・イズ・マーダーも8時間リピートされていたということで、それは悪夢だった。隣の中学生はずっと目を閉じてイヤホンで音楽を聴いていた。

だからカナタは、そのバリへの飛行機が、長い長い50メートル走のように感じられたのだった。飛行機の音は大きい。映像はずっとバイカル湖。スミスとモリッシージョニー・マーはいつもの感じ。それがエンドレスで8時間続いた。

そんな時、母のアキラと違って、カナタはいつも湖に浮いていた。浮いているので、湖底に映像は移行せず、湖底の底に穴も空かず、もちろん空いた穴から次の世界にはつながらず、ということは、新しい言葉を見つけることができなかった。

そのかわりカナタは湖面にいつも浮き、青空や雨雲を見つめた。そこには暗くて太くて不気味な表象はなかったものの、トンビや雲やその背景の青い空や宇宙のような気配を感じることができた。

成層圏と宇宙の隙間をいつもカナタは想像し、目を閉じ湖に浮かんだ。成層圏では音があるようでなく、膨大な光の線が飛び散っており、湖に浮かぶカナタは危険な感じがした。たいへん短いギリシャ神話みたいなものがそこにあると、カナタはいつも思い込むことにしていた。

 ※※※

そんなことを、中学の時に父に言ってみた。父に言っても仕方ないのだけど、母のアキラにはなぜか言いにくかった。父は、

成層圏か、ふーむ」

と、シャーロック・ホームズのように顎に手をやってオウム返しをした。その姿を見るだけでカナタは笑ってしまい、いつものように始まる父のウンチクを適当に聞き流しながら、私はこんなお父さんが好きなんだと自覚した。

お父さんは、私が宇宙の話をするといつもしてしまうキューブリックの映画の冒頭シーンをまたもや延々と話し始めていた。お父さんとしゃべるということはそういうことだから、カナタもすっかりそのペースを楽しみ、冒頭の原始人の咆哮の意味についてお父さんが次に何を言うのかもわかった。ヨハン・シュトラウスだ。

美しく青きドナウに場面がいきなり変わって」

と父は語り、原始人が投げた骨とボーマン船長が乗る宇宙船の対比に浸る父は、まあ悪くないとカナタは思った。その、骨から宇宙船に変化する時間は、たぶん1秒もないのだと思う。それは息より短い。

骨がぐるぐるまわってカナタが見つめる湖面の上を遠く螺旋を描き、背景の雲は遠ざかり青空がだんだん白っぽくなって成層圏に近づくその瞬間、音楽がシュトラウスに変わる。映画の時間ではそれはトータル5秒ほどで、骨から宇宙船に変わるその瞬間は1秒を切っている。人間の呼吸で言うと、吐くのを止めるあの一瞬のような感じだ。

バイカル湖の湖面から戻ってきたその時のカナタは、思い出の中の中2ではなく、お父さんの語りもそこにはなく、大学の大教室の隅っこに座る一人の女性だった。

カナタは先輩のことを思い出してはいたが、彼も含む大きな雲に包まれている感じがした。私は14才の頃よりは少しはマシになっている。

そこでカナタは授業の途中だが席を立ち、教室を出た。そこから生協まで走る気満々になったが、やはり彼女はランナーキャラではなく、浮き輪キャラだった。浮き輪を抱えて湖に浮かび、先輩や父の話を聞いていたかった。父が指差すトンビを見て、そのBGMにミート・イズ・マーダーではなく、スミスの心に茨を持つ少年を聴いていたかった。

深く湖の底の穴に潜るのではなく、湖面に浮かんで青空を見上げるキャラ、その青空に話しかける女にカナタはなりたかった。

 ※※※

そういえばこの夏休みの旅行でパリのド・ゴール空港に飛行機が着地した時、隣の男子中学生がいきなりビニール袋に嘔吐したのだった。

12時間トイレにもいかず、音楽を聞き続けたそれは現実からの痛い贈与なのかもしれなかった。見知らぬ少年の背中をカナタはさすり、周辺の客や乗務員とともに少年を介抱した。少年は申し訳無さそうに何度も謝っていたが、カナタの気分は爽快だった。

すべては秒速で過ぎていく感じがして、長時間のバイカル湖の湖面も、やがて目にするエッフェル塔の夜間照明も、成層圏と宇宙をつなぐ神秘的な誘いも、カナタにとっては結局は1秒程度に感じられるのだった。

やっぱり私は、と彼女はパリに移動する電車の中でつぶやいた。やっぱり私は、

「湖面キャラでいいかな」

だが、パリまでの郊外列車の車内は微妙に緊張感がただよっており、残念ながらクスッと笑うことはできずに、小さな旅行カバンをカナタは抱きしめ、トランクを両膝で挟んでいた。

「感情体験」の場である家族に「解体」はない〜家族のアップグレード

■家族は居場所ではない

 

実は、「家族」は「居場所」ではない。

 

居場所とは、「サードプレイス」のことであり、それは「ファーストプレイス」である家族でもないし、「セカンドプレイス」である仕事(10代であれば「学校」)でもない。

 

居場所は、ファーストでもなくセカンドでもない、「サードプレイス」にある。サードプレイスとは居場所そのものでもある(オルデンバーグ『サードプレイス』みすず書房参照)。

 

具体的には、現在全国で60校ほど展開されている「校内居場所カフェ」がある。僕の法人でも2校ほど運営するそれは、高校というセカンドプレイスの中にあるサードプレイスであり、その気軽なアクセスのしやすさが生徒には格好の息抜きとなる。

 

■ファースト、セカンド、サードプレイス

 

仕事/学校というセカンドプレイスでは、若者や生徒は息抜きができない。かといってファーストプレイスという家庭でもそれは難しい。

 

普通は、家庭/家族こそが人々にとっての格好の息抜きの場であると想像するだろう。

 

現実は違う。家族とは、人間にとって最もトラブルが噴出する場であり、対立が起こる場であったりする。現実の殺人事件も、家庭が舞台になることは珍しくはない。

 

家族は決して息抜きができる場所でもなく、「ひとりになってゆったりできる場」でもない。

 

そうした息抜きの場は、サードプレイスなのだ。

 

高校内居場所カフェはそれに当たるが、ヨーロッパではカフェやバールなどがそれに当たる。日本では「街のお風呂屋さん=銭湯」が伝統的な居場所としてこれまで機能してきた。

 

ヨーロッパのカフェはまだまだ生き残っているだろうが、日本の銭湯はもはや絶滅寸前だ(車に乗って気合を入れて行く必要のあるスーパー銭湯はサードプレイスとしては弱すぎる)。サードプレイスが消滅寸前の日本の人間関係はギスギスし、人々は疲れている。

 

フェミニストの言う「家族の解体」はルサンチマン

 

校内居場所カフェを設置したり街の銭湯を復活させることは、人々のコミュニケーションを楽にさせることでもある。その意味で、高校に居場所カフェは増えてほしいし、街のお風呂屋さんにはなんとか生き残っていってほしい。

 

では、ファーストプレイスである「家族/家庭」の役割はトラブルの源泉だけに留まるのだろうか。

 

それは過激なフェミニストたちがいうように、「解体」することを求められているのだろうか。

 

そこには古い男権社会が残存し、女性たちは圧迫されているだろう。いっそのことそれを否定し解体するほうがスッキリするのかもしれない。

 

マルクス主義フェミニストやラディカルフェミニストたちはそう主張しているのだろう。女性差別の温床である「家族」は、いっそのこと「解体」したほうがスッキリする。それ(家族)を否定し、なかったものにする。

 

■感情が交差する場

 

だが、多くの人々はそうした「否定の行為(=解体)」は非現実的なものとして却下するだろう。

 

哲学的にはそうした解体は「否定」であり、まさにニーチェの忌み嫌ったルサンチマンだ。

 

自分が受け入れられないシステム(家族)を解体することでなかったものにする。そして、家族のない世界こそが「善」であると、価値を転覆する。こうした価値の転覆行為こそがルサンチマンである。

 

価値を転覆しそれをなかったものにし「解体」してしまう。それは最低の否定の行為だ。言葉では解体して勢いを得ているようでも、その価値操作こそが暗い暗い否定行為そのものである。

 

では、現在のトラブルの源泉である家族を、我々はどう捉えればいいのだろうか。

 

それは居場所=サードプレイスではない。それはまた経済的源泉=仕事=セカンドプレイスでもない。

 

それはあえていうと、

 

感情

 

が吹き荒ぶ場だ。あるいは、感情が凪いでいる場、感情がうねり立っている場、感情が殴り合っている場。

 

そう、家族とは何よりも、「感情」が交差する場だと僕は思う。そこで人は、人にとって大切な一つのあり方である感情を体験し学習する。

 

その感情の体験と学習の中で、時にぶつかり時に鬱となるだろうが、時に優しくなったり笑ったり泣いたりする。

 

■家族のアップグレード

 

そう、ひとが人に「なる」時、知識や技術(これらはセカンドプレイスで獲得)だけでは足りず、息抜きや休息(これらはサードプレイスで獲得)だけでも足りない。それだけでは、大人になれない。

 

ひとは、感情を知る・体験する・管理することによって成長し、大人になっていく。

 

その重要な体験を獲得する場が、家族である。

 

「感情体験」の場である家族には、フェミニストが言うような「解体」は現実には存在しない。解体ではなく、家族の変化をあえて言えば、

 

アップグレード

 

がそこにあるだろう。

解体するのではなく、家族成員それぞれの交差の経験により、その家族システムとシステムの成員たちが変化していき、質に変化が現れる。

 

その変化を言い換えるとアップグレードということであり、我々は家族をそのようにポジティブに捉えることで、それぞれの成員がさらに変化できると僕は思う。

 

 

 

 

強欲企業が強欲NPOを「喰う」〜新自由主義化こそが「平等」への現実的手段

 
 

新自由主義とリベラルの接近

 

新自由主義と、現代のリベラルの間に親和性が生まれているようだ。

 

つまりは、「富める者から富んでいく」現実主義(ex.78年以降の中国)が、資本主義と平等主義(リベラル)を接近させてきている。

 

それは皮肉なことに、結果として新自由主義を肯定することになる。効率的な資本主義の現実的あり方が新自由主義だからだ。

 

資本主義を先鋭化させ富めるものを顕在化させるには、そこから無駄を省き(小さな政府化)、多くを民営化させる思考に行き着く。

 

その無駄のない世界で富んでいく者の中に、リベラルな人々も入り込みたい。皮肉だが、「自分が先に富む」ために(その後で自分以外の多くを富ませるために)、このシンプルな新自由主義世界をリベラルが受け入れる。

 

■大手NPO新自由主義への包摂と、大手企業による駆逐

 

アメリカ民主党内での超成功者(元大統領たち)の動きや誰もが知る投資家や財団トップの動きがこれで説明できる。

 

また日本においても、与党政治家はもちろん(野党政治家の存在感はゼロ)、中央官僚や(政令市官僚等も含む)アカデミズム・マスコミなどの多くが、平等主義を標榜しつつも新自由主義政策を支持する、という謎の現象もこれで説明できる。

 

そうした動き(平等主義を目指すために新自由主義による格差を容認する)の尖兵となっているのが、大手NPOでもある。

 

それら大手NPOはこれまで、新自由主義的保育改革(小規模民営化や病児保育)や新自由主義的労働改革(若者労働者の非正規化推進)を担ってきた。

 

だが最新の動きとしては、従来の大手NPO委託型からさらにウィングが拡大している。

 

それは、全国展開する塾や専門学校や人材派遣会社が「不登校支援」「ニート支援」(具体的には行政学習支援やサポステの受託)に乗り出し、大手NPOと競合している動きだ。

 

新自由主義とリベラルの接近により、教育や福祉を担う従来のリベラル組織やそれらが関わってきた分野は、以下のように新自由主義化している。

 

1.大手NPO新自由主義政策への包摂

 

2.大手塾・専門学校・人材派遣会社による、リベラルNPOの駆逐

 

1が新自由主義とリベラルの接近の「ソーシャルセクター」業界での具体形、2が民間大手企業による対人支援業界(教育や福祉や就労支援)への本格的進出を示す。

 

新自由主義化こそが『平等』への現実的手段である

 

現在は、1から2への移行期にあると思われる。

 

いっとき流行った「強欲資本主義」は、いわば「強欲リベラル資本主義」へと変節しつつある。

 

現代の「強欲」化はこれまで通り新自由主義のことではあるものの、それは平等主義と不思議なことに接近し、

 

新自由主義化こそが『平等』への現実的手段である」

 

という強い思想に結実しつつあるようだ。

 

この思想は、ここ30年程度の歴史の積み重ねから導き出されたもののようだ。

 

 

Googleブログより転載

「あの子が死んだのかもしれません」~子の連れ去りabduction にあった母の悲しみ

■ 「こんな暑い日、あの子はどう過ごしているだろう」


この前僕は、離婚時の「連れ去り/拉致 abduction」の被害にあった(子どもを一方的に連れ去られた)「別居親」 の悲しみについて少し書いた。

 

それは父親の悲しみに特定してしまった感があったので、今回は母親の悲しみについて書く。


父親と同じく、理不尽な理由で離婚時に我が子を連れ去られた/拉致 abduction された母親は、数は少ないな がらも存在する。


その理由はさまざまだろうが、「この場面は自分が引いたほうが子どもが悲しまないで済む」的な、女性ジェン ダー的(受動的な配慮に基づく)理由もあるようだ。

 

それは、男性元パートナーと闘うよりは自分が一歩引いた ほうが子どもにとっては楽なんじゃないかという、配慮と態度だ。


その葛藤の奥には、それぞれのカップルの事情はあると思う。だから、目の前の傷ついている母に対して、カウ ンセラーの僕もそこまでなかなか聴くことはできない。


そのため、「別居親」に追いやられた理由に関しては、今のところその原因の一般性にまでは僕は到達していな いのだが、子どもとの別居後、その子を思い日常を過ごす母たちのあり方はわかる。


それら別居母、拉致によって子どもから引き離された母たちは、日常を淡々と過ごしている。けれども、その日 常には常にいなくなった子どものことが含まれている。
たとえば、


「こんな暑い日、あの子はどう過ごしているだろう」

「こんな大雪の日、あの子は無事学校から帰ることができているだろうか」

「コロナにあの子はかかってはいないだろうか」等。


■「こんなことで泣いてはいけないんですが」と言いつつ、謝る


そんな日常(どんな時も子どもを思う日々)を送っている母たちの表情からは、そのように常に子を思い子を心 配する思いはなかなか読み取れない。


けれども、離婚時に子を拉致/abduction された悲しみの傷は、常に抱き続けている。


諸事情があって、その悲しみと理不尽さを Twitter などでは表出できないけれども、常に子を思うことに関して は、前回取り上げた別居親である父と変わりない。


実の母だもの、当たり前だ。


たとえば僕は、ある早朝に突然、Facebookメッセンジャーを受け取ったことがある。それは、


「朝、ネットを見ていると、某県の中学で、プールでの事故があったという記事が目に入りました。その県は、 私の息子が住んでいる県なのです。理性で考えるとそのプール事故で亡くなった生徒さんと私の息子が一致する ことはないのですが、どうしても心配してしまって」


と書いている。


何回かやりとりするうちに結局は電話することになり聞いていくと、その母は号泣してしまう。

 

号泣しながらも 僕に、「スミマセン、スミマセン」と謝る。


僕はそうした事態にはある意味慣れているため、何も謝られる必要はないが、その母たちは泣きながら謝る。
「こんなことで泣いてはいけないんですが」
と言いつつ、謝る。


■あの子は生きているのだろうか


子を授かったという喜びは、その子がいつ死んでしまうかもしれないという強迫観念に襲われ続けることと並列 にある。


その強迫観念は、どんな親も抱いているのではないかと僕は想像している。こんなかわいい子どもを私は抱くこ とができた。今はたまたまこうして抱擁し幸福に包まれているが、この幸福はいつまで続くかはわからない。

 

いついかなるアクシデントで、この幸福が破壊されることはありえる。


世の幸せな母たちは、子を抱擁しつつも、こうした強迫観念に苛まれていると僕は想像している。

 

ましてや、子どもとは関係のない夫婦間の離婚という事態で予想外に我が子と引き離された時、その強迫観念は 常に別居母たちを襲い続ける。


あの子はいま何をしているのだろう?

 

あの子は生きているのだろうか。

 

あの子は死んだのかもしれない。


死んだはずはないに決まっているが、ニュースで流れるその死亡事故と、わたしの子どもの死がどうしてもつな がってしまう。

 

子どもと同居する親(元夫)に電話しても笑われるか無視されるだけなので、失礼とは思いなが らもカウンセラー(僕)にメールしてしまう。

 

結局は電話し、泣いてしまう。どうしても、プールで死んでしま った中学生と、わたしの息子の死がつながってしまうから。


その死で、わたしと彼(息子)のつながりがまったくなくなってしまうから。 そして、わたしも死にたくなるから。


そんな切実な思いを抱きつつ、子を奪われた親たちが日々過ごしていることを、子と同居している一方の親や拉 致 abduction を支持した弁護士は理解しているのだろうか。


早朝に目覚め、ついつい見てしまったスマホに現れたそんなニュース(プール事故等)から、ひとりベッドで泣 く母たちの思いを、我々は想像することができるだろうか。

 

Yahoo!ニュース個人より内野を少し変更

こころの湖 Lake of the heart

■決して一方通行ではないその瞬間

 

2月26日に「校内居場所カフェスタンダード③」があり、今年度3回に渡って検討してきた、「校内居場所カフェ」の基準(コンセプトやソフトを言語化する)づくりの議論をかなり深めることができた。

 

その議論の中で、スタンダード(基準)とは若干ニュアンスが異なるものの、僕が最も大切にしていることについて、言葉にし難いその感じの一端をなんとか言葉で表現しようとした結果、参加者(オンライン30名+リアル数名)の関心を惹いたことが、僕にはある種の喜びになった。

 

その言葉にしにくい感じは、居場所カフェだけに限らず、また支援の現場だけに限らない、コミュニケーションの中で突然訪れる不思議な感じを指す。

 

その不思議な感覚は基本的には「ふたり」の間で生じるものだが、決して一方通行ではない。なぜかわからないが、その瞬間は同時に訪れ、互いのこころを揺り動かす。

 

その「ゆり動く」感じは、こころというある種の「岩」が下のほうから少しだけ動き、同時にその岩の色自体が少しだけ薄くなってくるような感じでもある。

 

■湖にくるぶしまで浸かっている

 

そして、その実感を持ったメタファーは次のイメージを生み、透明になった岩の奥にある風景は、ある種の

 

 

に近い質感をもった深くて暗く、静かだが決して否定的ではない光景が現れる。

 

2/26にオンラインでしゃべったかどうかは忘れてしまったが(貴重なナマ中継にするためzoom録音をあえてしなかった)、そのこころの湖にたどり着いた人は靴を脱ぎ、くるぶしだけその湖の浅瀬につけている。

 

対話の相手は横にはいない。だが現実の視界には、その相手が映っている。そしてその相手の目を見、声を聞き、こちらも声を返す。

 

けれども一方では、その互いのこころの湖 Lake of the heart でくるぶしまで水に浸かり立っている。

 

そんな感じになった時、同時に、どちらかの目に涙が流れている。

 

村上春樹ドゥルーズのそれとも違う

 

そこから10分程度、「告白」的な言葉が続いていくのだが、それは重要なことではないと僕は思う。

 

面談支援の中で度々そんな感覚に包まれる僕は、その感覚がやってきた時にいつも決まって訪れる「告白」を大切に聞いてきた。そして、そんな「神秘的な出来事」を語ることはこれまで封印してきた。

 

だが2/26のイベントでは、自分でもわからないままなぜだかその感覚について話していた。そして不思議だったのは、この話が聞き流されることなく、参加した人々に対して印象的なものとして届いたことだった。

 

それは、C.ロジャーズや河合隼雄といったカウンセリングの達人が書いているようで書いていない瞬間だと思う。

 

おそらくそれは、「文学」形式でしか表せないものだと僕は捉えている。一例として、村上春樹羊をめぐる冒険』の、ラストの「鼠」と「僕」の会話だろうと思うが、うる覚えだが鼠は泣くこともなく僕も聞き続けることもなかった。

 

だが景色としては、このこころの湖は村上春樹が表象するものに近いと思う(たとえば『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終わり」パート)。

 

あるいはそれは、哲学者ドゥルーズが引用する、シェイクスピアハムレット』の一文「『時間はその蝶番から外れてしまったle temps est hors de ses gonds.』」の瞬間なのかもしれない(『差異と反復』2章 G.ドゥルーズ)。

 

ただ、村上春樹ドゥルーズが想像する以上にこのこころの湖 Lake of the heartには、我々を吸い寄せ、静かに人を落ち着かせる瞬間だと僕は捉えている。村上春樹ドゥルーズが強く喚起させる「死」には、僕の場合それほど強くはない。もっとポジティブな瞬間だ。

 

面談室で突然訪れるそのポジティブな瞬間を通過することで、支援の密度はさらに濃くなっていく。

「ひとり親」は差別用語

■親とは、親s

 

ひとつのことばを抽出して文脈関係なく「それは差別用語だ!」と指摘するのは、いわゆるポリティカル・コレクトネスになってしまうので、僕はそうしないよう気をつけている(ポリコレに関しては下の記事等参照)。

blogos.com

 

だが、生活の中に根付く差別は潜在化している。それはことばによって意味をもち、我々は日常の中で知らずしらずそのことばを使っている。

 

そんな場合、僕はそのことばが含む差別的ニュアンスを指摘するよう心がけている。偽善的正義のポリコレではなく、潜在的に人を傷つけることばとしての差別。その差別は、差別されるほうもあまり気づかないまま日々発動している。

 

その一事例が、

 

「ひとり親」

 

ということばだ。「シングルマザー」などもその一連の群に含まれるだろう。

 

精子卵子を抽出し人工的に結合させる形態が普通の出産システムになるであろうはるか未来世界では、この「ひとり親」は別に差別用語までにはならないかもしれない。その時は「親」という概念もだいぶかわっているだろうから。

 

けれども、そんなはるか未来ではなく、ほとんどがセックス後にふたりの人間が親(母と父)になる現在、当たり前だが親は「ひとり」ではない。

 

虐待や貧困、その他の事情で、生まれてきたものの自分のふたりの親とは生き別れになっている子どもにとっても、「実の親」はふたりいる。現代社会ではまだ、決してひとりで子どもをつくることはできない。

 

親とはつまり、親sなのだ。ふたり親がいて初めて子どもが生まれてくる。

 

■「ひとり親」は、「きみの親はひとりだけなんだよ」と強制する

 

ところが現在、我が国では「ひとり親」という言葉が普通に流通している。

 

毎年20万組の夫婦が離婚する離婚大国の日本は世界でも珍しい「単独親権」システムをとっているため、父と母のいずれかに子どもは引き取られていく。

 

離婚するくらいだから多くの元夫婦は関係性が悪いため、それら元夫婦は互いのコミュニケーションを遮断する。

 

だが、親子の愛情は普遍的で基礎的なものである。だから、子どもと別居することになった親(父だけではなく母もこの立場に追い込まれている)は、欧米のように毎週子どもと会い夏や冬は長期休暇を子どもと過ごす生活形式を求めている。そのために親権に関しては平等であることを求めている。

 

これが共同親権と共同養育の思想とスタイルだが、日本はこの形式から巧妙に遠ざかっている。

 

それらの理由はこれまで僕もたくさん書いてきた(たとえばこの記事→

「僕たち子どもの声はまったく届かない、単独親権制度は、子どもの立ち場にたったものではないんですよ」 (1/2)

 

そして現在、国のシステムが共同親権に変化するであろうことも書いてきた。

blogos.com

 

そう、時代は共同親権へと移行しつつあるのだ。

 

そんな時代の変化のなか、「ひとり親」がまだ堂々と流通している。

 

そしてそのことで、親の離婚後にどちらかの親と生活することになった子どもにとって、「自分の親はひとりなんだ」と思い込まされ続ける。

 

また、別居することになった別居親の存在は隠され潜在化させられる。

 

その潜在化させられた人は、けれども確実に「親」なのだ。だが、「ひとり親」ということばが、そのもうひとりの親を隠し潜在化させる。

 

このあたりを、僕がフォローするTwitterの方はこのように表現する。

 

 

そう、子どもにとって、親が離婚しても親は2人いる。「ひとり親」ということばの流通は、もうひとりの親を隠し、離婚に関する最大の当事者である子どもに、

 

「きみの親はひとりだけなんだよ」

 

と強制する。

 

それは、言葉による最大の暴力であり、日常に潜在化している最大の差別用語だと僕は思う。